日本三大山景図 1895

530 x 530 x - mm, 2018年

キャンバス、アクリル絵具、デジタルプリント

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Painting, Drawing

1895年のことである。日清戦争は日本の勝利に終わり、その講和条約を決する会議が山口県赤間関市(現・下関市)の春帆楼で行われた。日本は伊藤博文、清国は李鴻章を全権大使とし、講和条約が調印されたのは4月17日のことである。それは赤間関市の通称をとって馬関条約とも呼ばれた。これにより、台湾本島は清国から日本に割譲された。台湾の玉山、雪山の二峰はそれまでの日本最高峰であった富士山よりも高く、明治天皇により新たな最高峰として新高山、次高山と名付けられた。